MAZDA BLOG
2015.10.6

「人を知れば、クルマが見えてくる」~人間中心のクルマづくりでマツダが見据える未来とは

人間がクルマに合わせるのではなく、人間に合わせてクルマをつくるというアプローチ。

「究極のデザイン」とは何か…と問われたとき、マツダはそう答えます。

“国や文化を超えて誰もが美しいと感じるデザイン”でも、“既存の価値観を覆すデザイン”でもない独自の理想を目指し、マツダが長年取り組んでいるのが「人間中心の設計思想」。見た目の美しさはもちろん、ドライバーがクルマの反応を正確に感じ取り、スムーズに操作できる運転環境を追求しています。

今回は、そんなマツダならではの設計思想を支える高度な技術「人間工学(筋骨格系)」に身を投じるエンジニアの挑戦を紹介します!

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人間工学(筋骨格系)とは?

「人間工学を一言で言えば、人体の働き(人間特性)から動きを正しく理解する学問。一般的には、働きやすい職場や生活しやすい環境を実現し、安全で使いやすい道具や機械をつくることに役立つ実践的な科学技術を指します。」

技術研究所で、人間工学に基づいたクルマづくりを研究する武田雄策(たけだ ゆうさく)さんはこう語ります。

「クルマづくりに話を戻すと、おなじ車種でもドライバーの中には、男性もいれば女性もいる、背の高い人もいれば低い人もいますよね?でも私たちは乗る人によって乗り心地が変わってしまうクルマを望んでいません。性別や体型を問わず、どんな人が乗っても正しい姿勢で運転に集中できる。長時間のドライブでも疲れにくく、乗り降りしやすい。あらゆるドライバーの動きを理解した上で、そうした理想空間を生み出すのが人間工学の役割なのです。」

「人体の動きを正しく理解する」。こちらについて、みなさんの肩、いわゆる肩甲骨の動きを例に考えてみます。

“気をつけ”の姿勢から腕を真横(90°)に、さらに真上(180°)に上げると、肩甲骨はどんな動きをするでしょうか。意外かもしれませんが、まず30°の角度までは肩甲骨はほぼ動かずに固定されています。そして、さらに真上まで上げると、腕が2°動くと肩甲骨は1°ずつ回転します。

このように、普段の生活では意識しませんが、およそ200の骨と600の筋肉から成るといわれる人間の体は、その数だけ複雑な動きをしています。

「運転中の動きを細かく分析することで、誰もが同じようにマツダのクルマの価値を感じてもらえる設計図を日々追い求めている」と語る武田さん。人間工学の奥深さとその苦労を痛感します・・・。

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(左写真:技術研究所で車両操作系のバイオメカニクス研究を担当する武田さん、右写真:自然に素早く力が出せる角度「関節リンク角」)

 

クルマをつくるには、人を知らなくてはいけない

「クルマをつくるためには、人を知らないといけない。人を知れば、クルマが見えてくる。」

技術研究所の山田直樹(やまだ なおき)さんは新入社員時代、先輩からこんな言葉をもらいました。

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(左写真:人間工学に15年以上年携わる山田さん、右写真:運転姿勢の最適「関節リンク角」を検証する様子)

「私が入社する前の1980年代、マツダでは乗る人の感覚を重視したクルマづくりに取り組んでいました。走りながら気持ちがよいと感じる心理の計測・検証は、人間の感性を扱うことから「感性工学」と呼ばれますが、当初はどうして気持ちがよいと感じるのか、その理屈はよくわかっていなかったそうです。この理屈を明らかにしようと人体の働きや反応を地道に調べる取り組みが始まりました。」

「人が感じる時、動くときに発する生体の微弱な電気信号を計測し、理屈を解き明かそうと地道に計測を繰り返しました。当時、人をそこまで調べて直接クルマつくりにどのように反映されるかピンときませんでしたが、今振り返ってこれが現在の人間工学の礎になったと実感できます。

『人を知れば、クルマが見えてくる』というのは、人を知ることの大切さを肌で感じた先輩だからこその言葉だったのかもしれません。」

その後1990年代後半、進化した計測技術から得た数値をクルマの設計に落とし込むフェーズに移行。2000年代からは、人間を筋骨格系でモデル化できるようになり、現在の人間工学によるアプローチが確立されました。なんと今では、脳の中まで計測することができるといいます。

 

「人間工学」の分析結果を織り込んだ「RX-8」

「1990年代後半に得られた計測数値を、初めて実際のクルマに反映したのが『RX-8』(2003年)。RX-8では、観音開きドアの持ち手を、どんな構造にすれば開けやすいのか。この点について、人間工学に基づき徹底的に分析しました。」

計測から5年以上の時を経て日の目を見たRX-8での人間工学(筋骨格系)の取り組みがターニングポイントとなり、人間工学を応用したクルマづくりが加速度的に進化。第6世代となる『CX-5』(2012年)からは、人間の関節はどこまで動かせるのか、操作しやすい姿勢とはどういうものかという視点を徹底的に反映させています。

「ペダルの位置はどこまで動かせるのか。ドアの取っ手はどうあるべきかなど、大幅に変わっていくデザインの意図を満たしながら、さらには人間工学的にも良い部分を見いだしていく。その点に妥協はありません。」

“人を知る”プロが生み出すクルマに今後も期待です。

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(写真:RX-8での測定風景。広島大学との最新の研究成果の応用にチャレンジする当時のメンバー)

 

200回の乗降テストを15台のカメラで撮影

さて、ここでひとつ懸念が浮かびます。

マツダといえば存在感と生命感あふれるデザインをベースとする、いわゆる魂動デザイン。ドライバーや同乗者に負担をかけない構造と、魂動デザインの両立は可能なのでしょうか。

聞けば、デザインと設計が一丸となって同じ目標に舵を切るためには、やはり血のにじむような努力があるそう。

鍵を握るのは、デザインありきの発想でも、設計の一方的な理屈でもなく、人間工学に基づく正確な数値を共有し、その必要性をメンバー全員がきちんと納得できる状態をつくること。技術研究所に加えて、広島大学をはじめ、産業技術総合研究所、東京大学の研究室とも連携し、日々データの計測に取組み、その数値をCADによって立体化しているといいます。

2015年に発売された「CX-3」では、人は自分の体重をどう支えて、どんな姿勢が負担になるのか、さらに、クルマに乗り降りする際に、足がどう動くのかを綿密に調査。被験者に複数のモーションキャプチャ(現実の人物や物体の動きをスキャンし把握するもの)を着けてシミュレーションを繰り返しました。

それをもとに乗降性の良さ、視界の良さ、立体駐車場に入庫できるか、対向車のライトがまぶしくないか、などを徹底的に検証。そのすべての要件を満たすベストな領域を見い出しています。

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(写真図:各要件を満たす領域を見いだした。)


(動画:クルマに乗り込む際の人の動きを綿密に計測)

こちらの計測では、クルマの窓枠を模した設備を作り、微妙に角度を変えながら200回を越える乗降テストを実施。15台のカメラで撮影したデータを蓄積し、人間の筋活動の数値化、さらには数式、つまり客観的で汎用性のあるデータに落とし込みました。

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(上写真:乗降テストのデータベースの蓄積と動作の予測 ※産業技術総合研究所 情報・人間工学領域 人間情報研究部門 デジタルヒューマン研究グループ (旧 デジタルヒューマン工学研究センター) との共同研究成果)


(動画:予測した動作から負担を予測し数値化 ※東京大学との共同研究成果)

先ほどの肩甲骨の例のように、人間の骨格の動きは複雑。得意な動きもあれば、不得意な動きもあります。それらの動きを、いかに分かりやすく数式に落とし込めるか。車両実研、企画設計、開発企画部門など他部門と連携も不可欠です。


(動画:CAD内で車両寸法を入力すると、乗降性がシミュレーションできる)

「社内で理解し合い他部門と協力できるのが、マツダの大きな強み。感性工学の時代から培ってきた過去の蓄積データも、技術が進歩した今になっても、再度洗い直して参考にできる。それも長年の取組みがあったからこそです。『魂動デザイン』と『人間中心の設計思想』は両立できるはずです。」

 

クルマは感情を理解する生き物へ

今後、人間工学に基づくクルマづくりは、どのように進化するのでしょうか?改めて武田さんに聞いてみました。

「これまでは、人間の物理的負担を最小にしてきましたが、これからは、人間工学の原点とも言える『感情・感性』への取組みが必要。今ある技術を基盤として、脳や感情のメカニズムを明らかにしたい。イメージ通り体が動くと、頭もスッキリする。それが理想への第一歩になる。そんな次へのフェーズ・壮大な脳の領域に足を踏み入れています。」

ドライバーの脳の動きまで察知した未来の姿。いったいどんな世界なのか・・・。
マツダは、質感・感情・体の動き・体温・・・・人間の感情に関ってくるキーワードを突破口にして脳の働きを調べて、感情を見える化しようと試みています。ただ、感情を研究する事はかなり難しいようです…。

とは言え、これはマツダがこだわっている「感性工学」が目指す一つの理想の姿。「人を知る」研究を続けることが次なるクルマづくりの礎になり未来のクルマが見えてくるそうです。

「研究を進めていく中では、人間工学だけに留まらず、ロボット工学、機械工学など多岐に渡る豊富な知識が必要になってきます。工学系、医学系など様々な分野を研究する方々の協力をいただきながら進めていく必要性があります。理想の追求には終わりがありません。」

そう語る武田さんと山田さん。二人の瞳は、苦労とともに、ブレークスルーする歓びを物語っていました。理想への追求、そして、夢へのチャレンジは、まだまだ続きます。

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マツダのクルマづくりの基板を貫く、人間中心の設計思想について、車両開発本部本部長の冨田が、熱く語っていますので、こちらもご覧ください。

▲ドライビングポジションへのこだわり(人間中心の設計思想)
https://www.mazda.co.jp/beadriver/cockpit/drivingposition/01/ (マツダオフィシャルウェブサイト)

カテゴリー:ストーリー