マツダが挑むマルチソリューション② ~CX-60後輪駆動でも貫いたドライビングポジションへのこだわり~
昨年デビューした「CX-60」は、マツダのラージ商品群の第一弾として導入され、マツダ初となるPHEVを設定するなど、さまざまな新技術が織り込まれています。
今回お届けする「マツダが挑むマルチソリューション(後編)」では、前編でお伝えしたラージ商品群の2つの狙い「本質的なCO2削減」と「走る歓び」の追求を両立するために、どのようにモノづくりを推進したのか、車両パッケージ設計をリードした主幹エンジニアの岸 理にインタビューした内容をご紹介します。
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岸 理(きし おさむ)
主幹エンジニア
ラージ商品群の車両パッケージ設計をリード
– ラージ商品群では、FR※プラットフォームへの変更に加えて、e-SKYAVTIV PHEVなど新しい電動化技術も導入されました。同時にこれらの開発を推進していくにあたり、どのような検討から着手していったのでしょうか?
※FR: フロントエンジン・リアドライブ(前方にエンジンを配置した後輪駆動のクルマ)
まず、1車種でマルチソリューションを成り立たせるための前提要件のスタディ(検討)から始めました。
ラージ商品群は、あらゆる領域に多くの新技術を織り込む開発になりましたので試行錯誤の連続で、検討にはかなりの時間を要しました。
CX-60では、縦置きエンジン・後輪駆動というレイアウト変更に加え、AWD(四輪駆動)や新しい電動化技術のマイルドハイブリッド(Mild-HEV)やプラグインハイブリッド(PHEV)を載せることも考える必要がありました。
これらすべてを1つのクルマで成立させるために、プラットフォームやフレームをどのような形状にするか、どんなユニット※をいくつ載せなければならないか、どこにどのユニットを配置するか等、クルマ全体を俯瞰しながら、最適解を見つけるべく関係部門とさまざまなパッケージのパターンをスタディしました。
※エンジンやコンピュータ、電駆部品、バッテリー等、大きなひとまとまりの部品単位をユニットと呼ぶ。
パッケージのスタディは各ユニットの配置だけを考えればいいのではなく、デザインや衝突安全性、生産性(組み立てやすさ)、サービス性(点検・修理のしやすさ)など、さまざまな要件を考慮しなければなりません。
ものによっては数十人以上で議論することもあり、それぞれの要件をすり合わせていくには、本当に地道なやりとりを積み重ねていくしかありません。
一部が良くなっても他が悪くなってしまうのでは商品として成立しませんので、苦労の連続でした。
– 一番苦労したことを教えてください。
どれも苦労したのですが、印象に残っているのはドライビングポジションに関わるパッケージのスタディですね。
「人間中心」の開発哲学の下、FRプラットフォームでもドライビングポジションには非常にこだわりました。
FRの場合、トランスミッションが運転席の足元に張り出してくるため、
左右対称のドライビングポジションを実現することはFF以上に難しくなる(左図)。
実はペダルスペース※周辺には、トランスミッションだけでなくさまざまなパーツが混在しています。
それらがペダルスペースと干渉しないよう、右ハンドル/左ハンドルの両方で、左右対称の姿勢が取れるドライビングポジションの実現にむけて、あらゆる角度からスタディを行いました。
※ドライバーの左右の足の可動エリア(靴幅も含む)。
– どのように解決されたのですか?
まず、ペダルスペースに大きくかかわる「乗員の着座位置」のスタディから始めました。
着座位置を、トランスミッションのある車両中央から遠ざける、つまり乗員の着座位置をドアに近づけることでペダルスペースを確保しやすくなりますが、この時まず考えるのは「側突の安全性」です。
一般的に、乗員とドアが近づくと側突の安全性は不利になりますが、我々にはこれまでさまざまなサイズの車両開発で得てきた「乗員を守るための安全技術」の知見の蓄積がありました。
そこで乗員の安全性を確保できることを確認した上で、その範囲内で着座位置を少しだけ外側に動かすことを決めました。
また、乗員がドアに近づいた分、中央部分に少し余裕が生まれましたので、センターコンソールを大型化して付加価値を付けることも設計に織り込みました。
CX-60の大型コンソール
着座位置の調整により、ある程度ペダルスペースを確保することができたのですが、それでもまだ理想のドライビングポジションには辿り着きませんでした。
どうしてもシャフト(棒状の部品)を動かす必要がありスタディしたのですが、車両の最低地上高やコスト・重量などさまざまな制約や要件が立ちはだかり、最適な配置を決める糸口を見つけることがなかなかできませんでした。
そこで、制約や要件を一元化して把握することはできないだろうかと考えました。
下図のように車両の地上高やペダルスペース、周辺にある部品等それぞれの要件を図示化して一枚の絵の中に重ねてみると、針に糸を通すように「ここしか成り立たない」というシャフトの配置をなんとか見つけ出すことができました。
[シャフト断面を含む一元化のイメージ図]
ようやく見つけたのが、黄色の〇の最適配置。
この要件の一元化では、若手も活躍。
スタディは、こうした試行錯誤の繰り返しです。
この時もしこの配置を見つけられていなかったら、またふり出しに戻ってどこか調整しろがないか、前提を見直すところから始めなければならなかったでしょう。
正しいドライビングポジションを取れるようにするには、こうしたスタディを繰り返し、クルマのレイアウトを最初から見直すことが必要になります。
エンジンもプラットフォームもトランスミッションも、一度にすべて見直すことはなかなかありませんが、マツダは2012年のSKYACTIV技術導入の際、ドライビングポジションが重要だと考え、ゼロベースでクルマのレイアウトを見直しました。
クルマは約3万点もの部品から成り、多くの部門が関わってすり合わせながら作り上げるものです。
マツダはデザイン・開発・生産など関係部門がすべて広島本社に集結しており、「走る歓び」への思いを一つにできたからこそ、妥協のない理想追求のブレークスルーを実現できたと言えるかもしれません。
それゆえマツダのドライビングポジションは、他がなかなか真似できない独自の価値だと思っていますので、ラージ商品群のFRプラットフォームでもその価値を引継ぎ実現させたいと、関係者全員の執念でやり遂げました。
お客さまには、このドライビングポジションをぜひ味わっていただきたいです。
他のクルマと乗り比べる機会がないと分かりにくい部分かもしれませんが、このドライビングポジションが「人馬一体」や「走る歓び」、さらには「安全※」のベースにもつながっており、長距離でも疲れにくく、楽しく運転していただけると思います。
※公式YouTube:安全にもつながっているこだわりのドライビングポジション(5分30秒)
ラージ商品群はこれから更に育成していきます。
規制も厳しくなってきますし、お客様からのご要望も届いてきていますので、それらに向けた改善に取り組んでいきたいと思っています。
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前後編でお届けしました「マツダが挑むマルチソリューション」、いかがでしたでしょうか。
次回は、マルチソリューションの一つとしてマツダで初めて導入されたPHEVをご購入いただいたお客さまの「オーナーズボイス」をお届けします。
お楽しみに!
■前編はこちら
マツダが挑むマルチソリューション① ~CX-60で目指した本質的CO2削減と走る歓びの両立とは~(オフィシャルブログ)
■関連リンク
・ラージ商品群プレゼンテーション③プラットフォーム(公式YouTube)
・踏み間違いを低減するマツダのペダルレイアウトとは?(公式YouTube)