MAZDA BLOG
2023.4.27

ピーナッツで結ぶ絆 地域課題への挑戦

ディーセル車とピーナッツ

 

マツダがもつ重要なパワートレインでのひとつであるディーゼルエンジン。その歴史は、ルドルフ・ディーゼル氏の発明から始まります。

氏が1900年のパリ万博で同エンジンを披露・実演した時に使用された燃料はピーナッツ油でした。

当時ガソリンは希少性が高いため、比較的土地を選ばず栽培でき、地産地消が可能であるピーナッツからできる油を選択したと言われています。

同じピーナッツを使い 広島県世羅町の課題を解決しようと奮闘している人がいます。

ReSEED農園(広島県世羅町)とPEAceNUTS Café (広島県呉市)を運営する森澤祐佳(もりさわゆか)さんです。

森澤祐佳さん森澤祐佳さん

マツダは森澤さんが取り組む企業活動に共感し、コラボ商品「PEAceNUTS×MAZDA ピースナッツクッキー」が誕生しました。

今回はその活動について紹介していきます。

PEAceNUTS×MAZDA ピースナッツクッキー

PEAceNUTS×MAZDA ピースナッツクッキー

農業で地域課題を解決したい

世羅町は、2023年2月時点で人口約1.5万人。耕地面積率が約12%の農業が中心の町です。

森澤さんは広島県呉市出身。

彼女のキャリアは世羅町の小学校教諭から始まりました。

せらにし小学校せらにし小学校

「家族や親戚が農家である児童がほとんど。なので給食はおかずのみ。ご飯は児童も先生も各々持参するのが当たり前でした。購入した白米を炊いて持参していたのは、私ぐらいだったのではないでしょうか(笑)。それだけ農業が世羅町には根付いています」

仕事と暮らしを通じて、世羅町がだんだんと好きになっていきます。並行して地域課題を感じるようになっていきました。

具体的には増加する耕作放棄地と、若者の転出。世羅町に残りたくても働き口の都合で転出してしまいます。

戻りたくても、なかなか戻れない若者を目の当たりにしてきました。

「生まれ育った町ですから、彼らは世羅町が好き。でも、自分の成長や就業のために町を出ていく。世羅町に残りたい、戻りたいという気持ちがあっても叶わない。どうにか応えてあげたいと思うようになっていきました」

森澤祐佳さん

農業が若者にとって魅力的なものになれば、この課題は解決できるのではないのか。若者たちが帰ってきてくれるのではないのか。

任期の都合で世羅町を離れる時期が近づくにつれ、森澤さんの気持ちは強くなっていきました。

ちょうど同じ時期に東日本大震災が発生。森澤さんの父は、たまたま東京で被災しました。氏が経営するユニオンフォレスト社は1962年創業。ガス事業から始まり、リフォームやセキュリティなど、時代の変遷にあわせながら、呉市を中心とした人々の生活を支えてきました。

森澤さんの父は震災と混乱の経験から、「食」も人を支える重要な要素であると思うようになっていきました。

両氏の思いから、ユニオンフォレスト社で農業法人へ挑戦することが決定しました。

従来の農業ではない、発展的な農業、子どもたちが大人になったときに世羅に帰って参加できる企業としての未来農業を目指します。

森澤さんは教師をやめ、農園を開き未来への種まきが始まりました。

農園未来に種をまく農園が開園

試行錯誤の毎日からたどりついた「ピーナッツ」

覚悟はしていたものの、始めてみて農業の大変さが身に染みてきます。

作業がきつい事はもちろんですが、休みがありません。子どもが夏休みでも、親は家を離れるわけにはいきません。

旅行に行けるのはいつも冬休み。農家継承に消極的になる気持ちになるのも無理はありません。

雑草抜き雑草をひとつずつ抜いていきます

トラクター運転ヘッドセットで通話しながらトラクターで畑を耕す 忙しい日々はつづきます

かっこよくて、革新的で、稼げる新しい農業を目指し試行錯誤をする毎日。課題をひとつずつクリアしていきます。

まず農業は繁閑差が激しいことが課題でした。そこで多角的に事業を展開している自社の特性を活用することにしました。

収穫などの繁忙期には、他事業社員の手を借りることで、農業に従事する社員のワークライフバランスを保てるように環境を整えました。

「子育てをしている社員もいる。多様な社員が農業に携われる環境を作りたいですね」

他事業社員が手伝うユニオンフォレスト社の新入社員研修としても活用 繁忙期には他事業の社員も手伝います

しかしやっとの思いで収穫した野菜は、味は好評ながらなかなか儲かりません。

収穫野菜

そこで収穫野菜を加工したピザなどを開発。カフェや自動販売機などで販売することにしました。

生産だけでなく、加工から販売まで行う6次産業化で野菜に付加価値をつけ、経営基盤の安定化をはかりました。

加工品

「日頃は畑仕事をしている社員が、加工も行うカフェにも出る。自分が育てた野菜を食べるお客様を見て、対価をいただく経験が栽培にも活きる。野菜だけでなく社員の意識も含めて、この循環がとても大事です」

野菜のもうひとつの課題は鮮度。収穫してから販売できる期間が短いのです。

そこで辿り着いたのが「ピーナッツ」でした。

前述したようにピーナッツは比較的どこでも育ちます。さらに殻ごと炒っておくことで長期保存が可能。

クッキーなどの加工品は需要にあわせて製造することができるので無駄も出にくい。まわりで栽培している農家も少ないため、差別化できます

良いこと尽くめです。

ピーナッツ

「これだ!! と思いました。殻ごと炒ったピーナッツのおいしさにも感動しましたし、私がもつビジョンを支えてくれるに違いないと確信しました。気づいたらピーナッツ栽培で有名な千葉県に出向き、勉強していましたね(笑)」

こうして、ピーナッツ栽培が始まり、ピースナッツクッキーが誕生しました。

まいた種が芽を出し始める

農園開園から10年余経過。徐々に活動の輪が拡大していきます。

働いていた小学校で食育を開始。児童が育てた野菜を、児童が考えたメニューで給食にします。

給食センターは野菜の対価を支払い、そのお金で翌年の種や肥料を買うというサイクルをまわしています。

森澤さんは「栽培経験だけではなく、お金になりそれが次につながることを児童に体感してほしい」と語ります。

社員も森澤さんの夢を理解し、応援にまわっています。

農園で働く奥川小和子(おくがわさわこ)さんもそのひとりです。

奥川小和子さん奥川小和子さん

奥川さんは生まれも育ちも世羅町。高校卒業から、結婚し第一子が生まれて数年経つまでは町を離れていました。

今は世羅町に戻り、4人の子宝に恵まれ育児と仕事を両立しています。

「若い時は世羅町に戻りたくなかったですね。なにもないと思ってましたから(笑)。でも、生まれ育った町が子育てしやすいことに気が付きました。両親やコミュニティが子どもを見てくれるし、自然が豊かであることの大事さが今になってわかります」

子どもが通う小学校で、教諭だった森澤さんに出会いました。

「パワフルで頼りがいのある先生でした。小学校の先生は初任校には4年しか在籍できない。通常は離任式をするのに、森澤さんは退任式で驚きましたね。その場で彼女の夢をききました。呉の方なのに本気で世羅町のことを考えてくれている。ありがたいと思いました」

奥川小和子さん

森澤さんから、一緒に農園をやらないかと誘われたが最初は断りました。

子育てに集中したいという気持ちと、今までの農業に対するイメージが脳裏にありました。

「だってきついですもん(笑)。両親が兼業農家だったので、小さい頃から当たり前のように手伝っていましたから。ここで働くようになってイメージが変わりましたね。家の手伝いではなく仕事なのでお給料ももらえる。それまでは、目の前の農作業をただただ行っていただけだったのが、加工もしてお客様が口にするまで確認できる。Farm to Tableが見えると意識も変わります」

働きやすい環境も奥川さんは気に入っています。

「子育てもあるし、原則希望どおりに休めることを働く条件にしてもらいました。9年働いているけど、その約束は守ってもらえている。忙しい時は助けもあるし働きやすいです」

いまは森澤さんの夢をサポートしたい気持ちを持っています。

「世羅町の子どもの数が減っていて、中学運動部は男子が野球部、女子がバレー部しかない。少しでも若者が戻って、子どもが増えるといいですね。この活動の輪がもっと拡がるよう、お手伝いをしていきたいです」

初めての「お帰りなさい」

2023年4月、ついに森澤さんの活動がひとつ結実しました。

広島県福山市で働いていた教え子が「先生のところで働きたい」と帰ってきたのです。友定果音(ともさだかのん)さんです。

友定果音さん友定果音さん

友定さんは高校から世羅町を離れ、岡山県の大学へ進み広島県人口第二位の福山市で働いていましたが、世羅町が大好きな自分に気づきました。

「確かに市街地に比べたら不便なところですけど、夜になると星空がきれいで、カエルやコオロギなどの鳴き声しか聞こえない。自然から四季を感じることができます。ほかなんだろう?何故だか説明つかないですが、世羅町が好きですね」

世羅町の夕日

友定さんも世羅町への危機感を持つひとりです。

「中学3年生の弟がいますが、私の頃よりクラスの人数が減っています。このまま育った小学校中学校がなくなってしまったら寂しいです。世羅町は高校を卒業してさらに学びたい場合は必ず町を出ないといけない。働ける戻れる環境が欲しいのです。先生の力になれたらな、と自然に考えるようになりました」

小学校卒業後も森澤さんとは交流をもってました。友定さんから、直接気持ちを伝えました。

「もしよかったら、私も先生の所で働かせてくれませんか」

「お帰りなさい」森澤さんの夢が叶った瞬間でした。

友定さん森澤さん

「正直、自分を褒めてあげたいと思いましたね。まだ一人だけど、世羅町にとってはとても大きい。まだ若い友定さんをどう成長させるかが今後のモデルケースになるでしょう。楽しいことを一緒に発信していきたいですね。そしてもっと若い人に帰ってきてほしい。そのためには売上をもっとあげないとね(笑)」


マツダは広島に根付いた企業として、広島の良さを知ってもらいたいという願いをもち、広島企業とのコラボレーション「広島つながリンク」を始めました。今回は、その中の1社をご紹介しました。

取材を通じ、みなさんが世羅町のことが大好であることがひしひしと伝わってきました。

ピーナッツの花言葉は「仲良し」。殻の中に複数の豆があることが理由と言われています。

世羅町の中で思いを共にする仲間が増えていくことをマツダも願っています。

ピーナッツの花

ピーナッツの花

森澤さんのように、前向きに今日を生きる人や企業を今後も取材してまいります。

PEAceNUTS×MAZDA ピースナッツクッキー
https://peacenuts.jp/products/peacenuts-mazda202212

広島つながリンクに関するニュースリリース
https://newsroom.mazda.com/ja/publicity/release/2022/202212/221212a.html

奥川さん森澤さん友定さん

 

 

カテゴリー:ストーリー