MAZDA公式ブログ
2019.4.24

平成のマツダ車を振り返り!:前編(平成元年~10年)

1989年1月8日に始まり、2019年4月30日に終わる「平成」。

この30年、マツダからも色々なクルマが登場しました。

そこで公式ブログにて、平成のマツダのクルマたちを振り返ろうと考えたのが今回の企画です。

 

前編は、平成元年から平成10年(89年~98年)。

日本ではバブル景気が終わり、世界では冷戦終結や新興国の成長がありました。パソコンやインターネットが普及したのもこの時代。ポケベルがPHSに、そして携帯電話へと移行したのも、ちょうどこの頃ですね。

この期間は、マツダが販売5チャンネル化を進めた時期も含まれ、バラエティに富んだクルマの数々をご覧ください!!

※ マツダが開発し、国内でマツダ、および当時のユーノス、アンフィニ、オートザムブランドで発売した車種を中心にご紹介します。

 

 

平成元年(1989年)

平成が始まり、今では当たり前の消費税が3%でスタート。そして、冷戦が終結した年でした。

平成最初のマツダ車は、2月27日に発売された7代目「ファミリア」、続いて「ファミリア アスティナ」が登場しました。ユーノス設立と「ロードスター」の誕生、アスティナをベースとした「ユーノス 100」、ペルソナをベースとした「ユーノス 300」も発売。さらにオートザム設立により「キャロル」が25年ぶりに復活するなど、新しい時代が始まった印象の顔ぶれにも見えます。

画像にはありませんが、4代目「タイタン」、タクシー専用車の「カスタムキャブ」、ボンゴをベースとした「ユーノス カーゴ」も、この年の発売でした。

平成のマツダ車を振り返り:ファミリア(7代目)平成のマツダ車を振り返り:ファミリア アスティナ平成のマツダ車を振り返り:ユーノス ロードスター(初代)
ファミリア(7代目)、ファミリア アスティナ、ユーノス ロードスター(初代)

平成のマツダ車を振り返り:ユーノス 100平成のマツダ車を振り返り:ユーノス 300平成のマツダ車を振り返り:オートザム キャロル(2代目)
ユーノス 100、ユーノス 300、オートザム キャロル(2代目)

 

平成2年(1990年)

90年代が始まり、東西ドイツが統一。国内では、入試センター試験が始まりました。日本人が初めて宇宙に行ったのもこの年でした。

「MPV」「プロシード」「ユーノス コスモ」「オートザム レビュー」と、個性的あふれるクルマたちが登場。

マツダが、過去最高の国内販売台数を記録した年でもありました。

平成のマツダ車を振り返り:MPV(初代)平成のマツダ車を振り返り:プロシード
MPV(初代)、プロシード

平成のマツダ車を振り返り:ユーノス コスモ(3代目)平成のマツダ車を振り返り:オートザム レビュー
ユーノス コスモ(3代目)、オートザム レビュー
 

平成3年(1991年)

国内ではバブル経済が終焉を迎え、海外ではソビエト連邦が崩壊しました。

マツダは「787B」でル・マン24時間レースに悲願の初優勝、アンフィニ設立で「MS-6」と「MS-9」そして3代目「RX-7」が登場した年です。

平成のマツダ車を振り返り:プロシード マービー平成のマツダ車を振り返り:センティア(初代)平成のマツダ車を振り返り:ユーノス プレッソ
プロシード マービー、センティア(初代)、ユーノス プレッソ

平成のマツダ車を振り返り:オートザム AZ-3平成のマツダ車を振り返り:クロノス平成のマツダ車を振り返り:アンフィニ MS-6
オートザム AZ-3、クロノス、アンフィニ MS-6

平成のマツダ車を振り返り:アンフィニ MS-9平成のマツダ車を振り返り:アンフィニ RX-7(3代目)
アンフィニ MS-9、アンフィニ RX-7(3代目)
 
 

平成4年(1992年)

兄弟力士の活躍による相撲ブームが起こり、公立校で第2土曜日に週休二日制が始まりました。

そして、マツダの防府第2工場が本格操業を開始した年です。

発売したクルマは「MX-6」をはじめ、「ユーノス500」「アンフィニ MS-8」「オートザム クレフ」、そして「オートザム AZ-1」と個性的な面々ですね。

平成のマツダ車を振り返り:MX-6平成のマツダ車を振り返り:ユーノス 500平成のマツダ車を振り返り:アンフィニ MS-8
MX-6、ユーノス 500、アンフィニ MS-8

平成のマツダ車を振り返り:オートザム クレフ平成のマツダ車を振り返り:オートザム AZ-1
オートザム クレフ、オートザム AZ-1
 
 

平成5年(1993年)

日本が、Jリーグの発足によりサッカーブームに沸いた年でした。

「ランティス」は、昨年のオートモビルカウンシルに展示され、今なお人気でした。「ユーノス 800」は後に「ミレーニア」と名を変え、2000年代まで販売された息の長いモデルとなりました。

平成のマツダ車を振り返り:ランティス平成のマツダ車を振り返り:ユーノス 800
ランティス、ユーノス 800
 

平成6年(1994年)

日本人初の、女性宇宙飛行士が話題となりました。

マツダでは8代目「ファミリア」が発売。ファミリアには「NEO」というモデルもありましたが、みなさん覚えていらっしゃいますか?6代目「カペラ」が登場したのも、この年でした。

平成のマツダ車を振り返り:ファミリア(8代目)平成のマツダ車を振り返り:ファミリア NEO
ファミリア(8代目)、ファミリア NEO

平成のマツダ車を振り返り:カペラ(6代目)平成のマツダ車を振り返り:カペラワゴン(6代目)
カペラ(6代目)、カペラワゴン(6代目)
 

平成7年(1995年)

戦後50年の節目。阪神淡路大震災の年でもありました。

「プロシード レバンテ」はOEM受給モデルでしたが、ディーゼルエンジンはマツダから供給していたクルマでした。また「ボンゴフレンディ」が、屋根が持ち上がる「オートフリートップ」で記憶に残っている方も多いでしょう。また3代目「キャロル」は、マツダ開発による最後の軽自動車となっています。センティアも2代目となりました。

平成のマツダ車を振り返り:プロシード レバンテ(初代)平成のマツダ車を振り返り:ボンゴ フレンディ
プロシード レバンテ(初代)、ボンゴ フレンディ

平成のマツダ車を振り返り:キャロル(3代目)平成のマツダ車を振り返り:センティア(2代目)
キャロル(3代目)、センティア(2代目)
 

平成8年(1996年)

12月に、広島の原爆ドームが世界遺産に認定された年です。

ちなみに、マツダがホームページを開設したのもこの年。販売5チャンネル体制を整理し、フォード社との戦略的提携強化による出資比率引き上げを行ったのもこの年でした。

登場したマツダのクルマは、初代「デミオ」1台のみ。今日まで続く、4代の始まりとなりました。

平成のマツダ車を振り返り:デミオ(初代)
デミオ(初代)
 

平成9年(1997年)

消費税が5%となったこの年。アジア通貨危機や不良債権問題など、国内外で金融不安も起こりました。

マツダからは7代目「カペラ」が登場、これがカペラ最後のモデルとなっています。前述の「プロシード レバンテ」も2代目となりました(ディーゼル搭載モデルは翌年発売)。

平成のマツダ車を振り返り:カペラ(7代目)平成のマツダ車を振り返り:プロシード レバンテ(2代目)
カペラ(7代目)、プロシード レバンテ(2代目)
 

平成10年(1998年)

2月は長野五輪に、6~7月はフランスからのサッカー中継に、夢中になった方も多いのではないでしょうか。

マツダが現在の社章になったのも、この年の1月でした。

2代目「ロードスター」と9代目「ファミリア」が登場。乗用車としてのファミリアは、これが最後のモデルとなっています。

平成のマツダ車を振り返り:ロードスター(2代目)平成のマツダ車を振り返り:ファミリア(9代目)
ロードスター(2代目)、ファミリア(9代目)
 

 

以上、駆け足でしたが、平成元年から10年までを振り返ってみました。

みなさんの所有されていたクルマ、想い出のクルマはありましたか?

 

次回は平成11年から31年までを一気に振り返ります、お楽しみに!!

 

 

後編はこちら

カテゴリー:クルマ , マツダの歴史