【マツダの匠】 クレイモデラーの情熱に迫る(前編)
車づくりに息づく伝統、主義、思想、そして技能。それらを受け継ぐ匠の志や情熱をご紹介する連載企画『マツダの匠』。
第1回目の今回は、一般にはあまり聞き馴染みのない「クレイモデラー」という職種に迫ります。
クレイモデラーの技術はマツダの強み
クレイモデルとは、クルマのデザイン形状を確定させるため、粘土で作るデザインモデルのこと。デザイナーが描いたスケッチを立体にすることで、デザイン面だけでなく空力特性や使い勝手などさまざまな要素を検討し、作るべき車の指標となるものです。車がイメージの世界から飛び出し、やがて世に出て行く上で欠かすことのできない、このクレイモデルを生み出すのがクレイモデラー。
マツダの強みと言える、コンマ数ミリの技術を持ち、チーフモデラーをつとめるクレイモデラーの野﨑 亮介(のざき りょうすけ)さんは、ソフトで人当たりの良い笑顔が印象的。ただし、手のあちこちにできた胼胝(たこ)は造形職人そのものです。そんな野﨑さんが語るマツダのクレイモデラーとは?
集中して一気に作り上げたSHINARI
車好きのお父さんの影響で、自然と車に興味を持ちながら育った野﨑さん。クレイモデラーになったきっかけは「そういう仕事があることを知った瞬間にピンときた」からだそうで、いわば運命の出会いをはたした天職だと言えます。
とは言え、入社直後はひたすら粘土の塊から単純な立体を削り出す訓練が続きました。「今でもそうですが、当時は職人気質がさらに強い職場で、新人はとにかく見て学べ、という空気でした」と振り返ります。その後、クレイモデラーとして多くのノウハウを学び、車種リーダーとなったのは入社から7年後のこと。
そんな野﨑さんが携わってきた仕事の中で印象に残っているものの一つがデザインコンセプトモデルの『SHINARI(靭)』。現在のマツダが推進する『魂動デザイン』のキーと位置づけられるモデルです。
野﨑さんはこのモデルに関して「最初から明確な自信があった」と断言します。それは表現するべきイメージがしっかりと見えていたということ。そのイメージとは「ある意味で車らしくない動物的な躍動感やアダルトな艶やかさ」で、1/4縮尺モデルからフルサイズモデルの完成まで約半年というスピードでした。
また、複雑な面とラインを描く『魂動デザイン』を進める中で、マツダ社内では、クレイモデラーとデザイナーが力を合わせて一つのイメージに向かうという形が自然とできあがりました。こうした共同体制は、業界ではユニークなものとして、今ではマツダの新しい大きな力となっています。
(左:「SHINARI」のイメージの元となったオブジェ、右:クレイモデルは最初に1/4縮尺で作られる)
対等な議論から生まれるカタチ
そんな環境で仕事をしている野﨑さんは、マツダのクレイモデラーとして欠かせないことの一つが「デザイナーとのコミュニケーション」だと言います。デザイナーとクレイモデラーがイメージを共有し、対等の関係で同じベクトルに向かって進むのがマツダ流で、そのためにはしっかりと意思の疎通をはかることが不可欠。お互いに妥協なくぶつかり合う必要もあり、時には言い合いに発展することもしばしばですが、「それでも後に引きずらないのは、互いにリスペクトしているからでしょう」と野﨑さんは笑います。
熟練の手で形作られるクレイモデル
クレイモデルに初めてふれた時に驚くのはその固さ。指でノックをすると「コツコツ」と乾いた音が響きます。これは常温で固まる特殊な粘土を用いているからで、試しに実際に削ってみると想像以上に力がいることが分かり、野﨑さんの手にできた胼胝(たこ)にも納得。クレイモデルを作る際は、この粘土を専用のヒーターで温めて柔らかくしてから骨格に盛りつけ、それから削って形を整えていきます。滑らかな表面は電動のバフはもちろん、紙ヤスリなども使用しません。すべて金属のヘラのような工具を使って、大工がカンナをかけるように仕上げられます。また削るだけではなく、ごく薄く粘土を足して厚みを増やすことも。
当然、手の届きにくいところも手作業で行います。野﨑さんが入社して初めて職場を見た時、クレイモデルのルーフ(屋根)に腹ばいになってフロントウインド部分を削っている先輩を見てびっくりしたとか。
(右:オリジナルの造形のため、工具の多くは自作するこだわり)
クレイモデラーとしてその先へ
チーフモデラーとして第一線で活躍し、数々の車に関わってきた野﨑さんですが、その自信についてたずねると「まだまだ」との答えが返って来ました。そして目標は「他にない、魅力的でカタチを観るだけでそのクルマの持つ本質が感じ取れるもの、そして乗りたいと思わせることのできるクルマを手がけること」と「それによってマツダブランドをより高めること」の二つです。そのためにも、日々新しいことに目を向け、発想力を養う努力が続きます。
人間だからこそ、なし得る仕事
あらゆる視点からデザインを確認できる3D描画のソフトウェア。三次元の造形を自動で削り出す加工機械。車のモデリングの世界でもデジタル化はどんどん進んでいます。しかし、感性を立体にするクリエイティブな作業は、機械に肩代わりしてもらうことはできません。
「少なくともマツダデザインでクレイモデラーが消えることはない」と野﨑さんは断言します。そこには、人間の手でしかなし得ない仕事をやってのけている自信が垣間見えました。マツダの『魂動デザイン』は、デザイナーとクレイモデラーがイメージをぶつけ合って作り上げる、血の通った車づくりの象徴なのです。
次回は、野﨑さんの後輩である若手クレイモデラーが仕事への思いを語ります。