【東京モーターショー TAKERI編 インタビュー後編】マツダ雄(TAKERI)チーフデザイナー玉谷さん
この記事は、過去Facebookに掲載した記事です。
カーデザイナーへの夢に、迷いはありませんでした。
幼稚園の頃、親戚のおじさんが乗ってきた真っ赤なスポーツカーを見た瞬間に、「こんなキレイなクルマがあるんだ!他のクルマとは、全然違う!」と思ったのが、初めてクルマから受けた衝撃でした。
そのうち、「乗り物が好き」という気持ちは高まり、クルマのフロントに自分の顔があるように思って動きを想像したり、飛行機のフロントが人間の頭部で羽根が両手でというふうに想像して、自分が飛行機そのものになって飛びたいと思っていました。
憧れの乗り物、例えば、初めて飛行機に乗った時、それまでは自分が風を切って飛んでいるイメージを持っていたので、ただ箱の中に座って横に開いた窓から外を見ているだけという事実に幻滅した記憶があります。(笑)
小学校の卒業文集の将来の夢の欄に「設計技師」と書いていましたし、乗り物の絵を描くのも好きでしたから、いろいろ迷ってカーデザイナーになったわけではなく、「なれたらいいな」という強い憧れの想いだけを抱いてここまできましたね。
マツダの魅力は、造り手の想いが色濃く出ているところ。
マツダは、他のメーカーと違うオリジナリティを出しているところが良いと思いました。
ロータリー全盛期の小学校時代に、「すごく宇宙的な(小学生の思考ですのでご容赦を)デザインをするんだな。他のメーカーと全然違う。」と思い、マツダのオリジナリティに魅力を感じていました。
就職する時、マツダ以外のメーカーからも内定をもらっていましたが、マツダを選んで入社しました。その理由は、造り手の想いが色濃く出ているところに魅力を感じたから。
今でも、クルマらしさにこだわってつくっているところには共感しているので、その一翼を担いたいという想いが励みとなっています。
アイデアは熟考して練り上げることで、生まれてきます。
デザインのアイデアで悩んでいる時は、課題と思っていることを自分のフィルターとして常に持っていて、目に入ってくるもの、自分のまわりで起き ること、過ぎ去っていくものを、そのフィルターで漉しとっています。そこで得たものを記憶の中にストックしていると、時間の経過の中で、記憶に残っている いくつかのモノ同士が合わさって、さらに熱を帯びていくという感じでアイデアが膨らんでいきます。
デザイナーによっては爆発的にアイデアを 生み出す人もいますが、自分の場合は熟考して練り上げていくタイプ。結構時間がかかっても、イメージが固まると、あとは自分の直感を信じて進んでいきま す。場所とか時間とかではなく、自分の中がどんな状態になっているかが大事ですね。
自分を変えてくれた、思い出深い二つの仕事。
入 社してすぐに担当した仕事が「マツダ ボンゴ」のマイナーチェンジでした。フェイスリフトというフロントまわりのリファインを、まだ入社間もない自分の感覚でつくらせてもらえたんです。ひとつ のパーツを仕上げていくことで、ものづくりの楽しさと難しさを最初に学ぶことができました。
そして入社三年目の頃、「ユーノス800」というクルマを手掛けました。
マツダが社運を賭け、「ときめきのデザイン」というデザインテーマを掲げていた時代です。
まだ三年目の駆け出しでしたが、同じチームの先輩から、骨格づくりがある程度できた段階で、自分に託されたのです。
完成したデザインを生産・設計と一緒にフィニッシュしていくだけでも大変な作業で、普通はそこもチームで取り組みますが、デザインが完成する前段階から最後の仕上げまで、すべて一人でやりました。
あの年代で、一台のクルマをひとりで仕上げるチャンスに恵まれることはないのですが、毎日何枚も手描きの図面を描き、試行錯誤を繰り返して仕上げたこと、クルマの隅から隅までを全部自分が把握できたことは、自分の仕事に対する想いと知識を飛躍的に上昇させてくれました。
市場やデザイン業界での評価が高いデザインは他にいろいろありますが、自分を変えた量の多さで言うと、この二つがもっとも思い出深い仕事です。
マツダファン、東京モーターショー来場者のみなさんへ。
TAKERIは、マツダがこれから進むべき新たな方向性を示しているクルマです。
デザインテーマ「魂動」が目標としている造形の迫力と、プレミアムに一石を投じるであろう品質感の高さを、実際に見て、感じていただけたらと思います。
また、中山チーフデザイナーが手がけた「魂動」デザインの製品第一弾となる「CX-5」もご覧いただけますので、みなさん、是非マツダブースにご来場いただき、チェックしてみてください。