MAZDA公式ブログ
2020.7.28

マツダ百年史③ 地元広島とともに志した復興(1940年代)

マツダ創立100周年を記念して、100年の歴史から特に象徴的なエピソードを厳選してお届けします。
第3回は、創業者松田重次郎の70回目の誕生日、1945年8月6日のお話です。

 

1945年8月6日。雲ひとつない青空、風のない蒸し暑い朝だった。
前日、7時30分に迎えに来るようにと言われていた運転手は、予定通り7時25分に社長宅へ到着した。
「おめでとうございます」
玄関先で運転手の声が響いた。この日は、松田重次郎の70歳の誕生日だった。

クルマに乗る重次郎松田重次郎

 

本来なら、休暇をとり家族とともに誕生日を祝うのだが、この日は重要な工業会の会合があり、普段より早く自宅を出ることとなった。
誕生日にはいつもそうするように、まず大手町の理髪店へ寄り、8時頃には店を後にして、護国神社へ向かった。
参拝を済ませて車に乗り込み、会社へ向かおうとしたその時だった。

突如として暗闇に覆われたかと思うと、強烈な閃光が目の前を走り、車のボンネットが凹みドアが一斉に開いた。
その衝撃で二人は無我夢中で車外へ出て身を隠した。
「社長さん!」
「おーい! ここじゃ!」
運転手が声の方向に目を向けると、随分と離れた場所で身を屈める重次郎を確認することができた。

生死を分けたのは、ほんのわずかの差であった。
もし出発が遅ければ、爆心地に近い理髪店の中で被爆したことになる。
いつもより早く自宅を出たことで、重次郎は奇跡的に一命をとりとめたのだ。

その後、会社への道を急ぐ途中、重次郎は目を疑うような光景にぼうぜんとする。

原爆ドーム周辺原爆ドーム周辺
米軍撮影 広島平和記念資料館提供 (無断転載禁止)

 

爆風で負傷した人。屋根や外壁が飛ばされ骨組みだけになった建物。
昨日までの町の姿は跡形もなかった。

重次郎は重い足を前に進めながら、ようやく会社に辿り着き、被害状況を確認した。
東洋工業は、爆心地からおよそ5㎞の距離にあり、比治山という小高い丘が盾となって本社屋は壊滅的な被害を免れた。

1945年当時の本社1945年頃の本社

 

だが広島市内で取り壊し作業に出ていた社員が爆心地近くで被爆するなど、社員にも多くの死傷者が出た。
またマツダ車の販売会社で社長を務めており、将来に期待を寄せていた次男の宗彌も失った。

本社敷地内にある附属医院は負傷者であふれて、
生き残った社員は悲嘆と虚脱を振り払い、負傷者の介抱にあたった。
病院の倉庫にある医薬品はすべて提供し、食堂や寄宿舎を開放した。

そんな折、庁舎を失った広島県から東洋工業に対し、建屋の一部を間借りできないかとの打診があった。行政機能の一時避難である。

当時の広島県庁周辺当時の広島県庁周辺
米軍撮影 広島平和記念資料館提供 (無断転載禁止)

 

自社の操業再開にも目途が立たない状況であったが、社長の松田重次郎は、二つ返事で要請を受け入れた。
本社の一部と工員更衣室数棟に県の全機構が移転し、仮庁舎の看板が立てられた。
ほどなく広島区裁判所、NHK広島放送局、中国新聞社、広島県食料品統制組合などから相次いで移転の要望があり、
その全てを重次郎は受け入れた。

決して広くはない本社屋に、官民入り交じっての人々がひしめき合う。
困ったときの助け合いーーそれは、人の心のごく自然な振る舞いだった。

偶然に救われた命と、被害を免れた本社。
焼け野原になった町を見つめる重次郎にとって、この奇跡だけが希望の光だった。
この出来事を境に、東洋工業と郷土広島との絆は、揺るぎないものになっていった。

 

今回のブログでは創業者 松田重次郎の誕生日に起こった出来事、
そしてそこから地域の方々とともに復興にとりかかったお話を紹介させていただきました。

その後、東洋工業の社員たちは、壊滅的な被害を受けた広島の復興に貢献したいという思いから、
資材の調達に苦労しながらも、終戦から4か月後には三輪トラックの生産再開にこぎつけます。
地元企業の一つとして、広島とともに復興の第一歩を力強く踏み出しました。

原爆ドームとGA型 (1947年~48年頃撮影)原爆ドームとGA型 (1947年~48年頃撮影)

 

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この他にもマツダ100年の歴史にまつわるお話をご紹介しています。ぜひご覧ください。
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マツダ百年史② キャラバン隊 鹿児島-東京間の旅(1930年代)
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