MAZDA公式ブログ
2020.8.26

マツダ百年史④ 先進技術で常識を覆せ~エンジンとデザインへのこだわり~(1950年代)

マツダ創立100周年を記念して、100年の歴史から特に象徴的なエピソードを厳選してお届けします!
第4回は、終戦から5年後の1950年に誕生した革新的な三輪トラック、CT型のお話です。

 

東洋工業が初の三輪トラックを発売した1931年当時、国内の競合メーカーは大小含めて15社以上にものぼっていた。
東洋工業は後発組に属していたが、積極的な技術導入や画期的な宣伝施策の甲斐もあり、マツダ号は急速に市場での存在感を高め、戦前の段階ですでに業界トップ3の一角を占めるまでになっていた。

GA型戦前に撮影されたGA型 (1938年頃)

 

そして迎えた1950年。東洋工業は業界を驚かせた画期的な一台を誕生させる。
その名はCT型。
持てる技術を余すところなく織り込んだ最新型の三輪トラックは、全てが新しく、全てが型破りの〝超弩級〟トラックであった。

CT型CT型(1950年)

 

その最大の立役者は、トラックの心臓部ともいえる新開発のV型2気筒エンジンだ。
排気弁の機構として半球型の燃焼室を持つOHV式を日本で初めて採用し、この先進機構によってCT型は32馬力という最高出力を得ることに成功。
三輪トラック初の最大積載量1トンを実現してみせた。
それまで500~750㎏程度の軽積載が一般的だった業界に、新たな境地を切り拓いたのである。

OHVエンジンCT型に搭載された空冷V型2気筒OHVエンジン

 

業界初の新技術はこれだけに留まらない。
万一の際の安全性を高めるため、フロントウインドウに合わせガラスを採用したのも、エンジンの始動を足踏みのキック式から手元スイッチのセルモーター式へと変更して利便性を高めたのも、CT型三輪トラックが初めてのことだった。
また、エンジンの騒音・振動低減のために採用した、油圧式タペットやラバー式のエンジンマウントも、業界最先端をゆく技術として注目を集めた。

CT型運転席CT型の運転席

 

さらに極め付けはその特徴的な外観だ。
気鋭の工業デザイナーを招聘し、機能性とデザイン性を兼ね備えた美しいカウルをまとうCT型の佇まいは、従来の三輪トラックのイメージと明らかに一線を画すものだった。

機能もデザインにおいても話題満載なCT型のインパクトにより、東洋工業の技術イメージはその後一気に高まった。
この画期的な新型車が、終戦からわずか五年後の被爆地広島から送り出されたという事実も、その衝撃を一層倍加させた要因となったに違いない。

CT型

 

以上、数々の新技術の採用で三輪トラックの常識を塗り替えたCT型のお話、いかがでしたでしょうか?
こうして東洋工業は三輪トラックの大型化・高性能化の主導権を握るまでに成長を遂げましたが、それ以降も技術開発の手を緩めることはなく、常にエンジンやデザインに新機軸を打ち出していきます。

当時、三輪トラックはまだまだ荷物を運ぶ実用車としての認識が強かった中、1954年におこなった全車種の一斉モデルチェンジで、各車のデザインとカラーを統一。
車種に関係なく「マツダ三輪トラック」として共通イメージを持たせることで、遠くからでもひと目でマツダと認識できる特徴を際立たせました。

統一デザイン一斉モデルチェンジで統一された各車種のデザイン

 

当時としては珍しい曲面ガラスと2灯式のヘッドライトを贅沢に組み合わせ、ボディカラーは上部をマルーン(えんじ)、下部をグレーとするお洒落なツートーンカラーを採用。
今では当たり前となった各車種共通のマツダデザインですが、当時無骨なイメージが付きまとう三輪トラックとしては画期的な試みでした。

 

 

マツダ100周年サイトのMAZDA VIRTUAL MUSEUM「エピソードで語る百年史」では、
この他にもマツダ100年の歴史にまつわるお話をご紹介しています。ぜひご覧ください!
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■マツダ百年史記事(マツダ公式ブログ)
マツダ百年史① 自社開発へのこだわり(1930年代)
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マツダ百年史② キャラバン隊 鹿児島-東京間の旅(1930年代)
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マツダ百年史③ 地元広島とともに志した復興(1940年代)
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