クルマづくりへの情熱から生まれた、マツダが取り組む「モデルベース開発」とは
100年に1度の大変革期にあると言われる自動車業界。
CASE※に代表される次世代技術やサービスをクルマづくりに反映させるべく、その開発は非常に複雑化しています。
そんな中、クルマの開発効率を高める手段の一つとして注目されているのが『モデルベース開発(MBD:Model Based Development)』です。
※CASEとは: Connected(つながる)Autonomous(自動運転)Shared&Service(シェアリングサービス)Electric(電動化)の頭文字。
MBDは、失敗の許されない航空宇宙業界で主に活用されてきましたが、マツダでは早くからMBDに注力してきました。
今やMBDは自動車業界にも広がり、船舶など「動く製品」を製造する業界にもその活用がグローバルに注目されています。
このブログでは、これからのモノづくり・クルマづくりのキーとなるMBDの推進をリードする足立 智彦にインタビューした内容をお届けします。
目次
足立 智彦(あだち ともひこ)
R&D戦略企画本部 技監
入社後、技術研究所で先進安全システムを担当。
モノの無い段階での設計~モノづくり~検証までMBDを活用し取り組む。
その後、操安性能開発部門に移り、量産車を担当した際、
MBDがもたらす影響力の大きさを実際に体験し、MBD推進リーダーに就任。
– 最初に「モデルベース開発(MBD)」とは何か教えてください。
まず「モデル」とは、みなさんが学校で習った「公式」のようなものです。
一度公式を習うと、問題を早く解けるようになりますし、公式を応用すれば、少々難しい問題も解けるようになりますよね。
そうした公式≒モデルをうまく使って、より魅力的なクルマをより効率的に開発していこうというのが「モデルベース開発(MBD)」です。
昔は開発にとても時間がかかっていました。
設計時に想定していた性能が、実車できちんと発揮されるか確認するためには、試作車をつくって検証してみるしかなかったからです。
何台も試作車をつくっては設計を見直す。そうした試行錯誤を繰り返していくと、お金も時間もかなりかかってしまいます。
そこで、試作車での試行錯誤をシミュレーションでの机上検討に置き換え、開発をもっと効率化しようと考えたのです。
シミュレーションに使われるのが「モデル(≒公式)」です。
– マツダではいつからMBDに取り組み始めたのですか?
1980年代後半には、すでにMBDの原型となるような取り組みがありました。
RX-7(FD)の技術開発の際にモデルベースを活用し、短期間で目標性能の達成にこぎ着けることができたと聞いています。また、レース活動にもモデルベースは活用され、ル・マン優勝にも大きく貢献しました。
当時も今も、マツダは潤沢なリソースがあるわけではありませんが、クルマづくりへの情熱は強い。
リソースが無いからと言って、それを諦められる人たちではないので、みんなで知恵を絞って、MBDのようなシミュレーションに当時から取り組んでいたのではないかと想像しています。
その後、1996年からCAD※やCAM※/CAE※などを使ったMDI(Mazda Digital Innovation)という本格的なバーチャルエンジニアリングの取り組みが始まり、現在のMBDへと進化してきました。
※CAE:コンピュータ上で設計や製図を行うツール。
※CAM:製品や部品の製造・加工を行う際、CADで作成した図面を基に、工作機械での加工に必要なプログラムなどを作成するツール。
※CAE:コンピュータ上で仮想試作・試験といったシミュレーションや解析を行うためのツール。
– モデルはどのようにつくるのですか?
モデルとは、「現象」や「ふるまい」を数式化したものです。例えば、ある程度把握できている現象であれば、モデル(数式)の見当がつきます。
そのモデル(数式)に、これまで蓄積した実車データを入れた際、正しい結果が算出されれば「そのモデルは正しい」と分かります。もし正しい結果が算出されなければ、モデルの改良が必要です。
このように、これまで蓄積した膨大な実車データや性能の測定結果を使って、様々な現象をモデル化していくのです。
モデルは嘘をつかないので、モデルで考えたことがそのまま結果に現れます。シミュレーション結果が実際と違っていれば、つくったモデルが間違っていたということです。
モデルを改良していくことで、シミュレーションの精度も高まり、試作車をつくらず短時間で様々な机上検証ができるようになるのです。
また、モデルを共通言語にしてすり合わせを行うことで、「伝わる内容の正確さ」と「スピード」が格段に向上します。モデルが共通言語になると、言葉や現物を使った説明は不要です。
特に、言葉は人によって定義や解釈が異なる「曖昧さ」を持っており、それ故すり合わせにかなりの時間を要していましたが、モデルを共通言語にすることで、関係メンバーとの意思疎通のスピードが圧倒的に速くなりました。
クルマづくりがどんどん複雑化していく中で、日々新しいニーズや課題が生まれています。それに遅れないためには、開発スピードを速めていかなければなりません。
MBDで開発のスピードアップを図りながら、同時に今あるモデルを常に進化させ続けることも必要です。様々な要件を加味した複雑な開発が必要な今だからこそ、MBDの活用はますます重要になってくると感じています。
– 実際マツダでは、MBDの活用でどのくらい開発の効率化ができているのですか?
2012年のSKYACTIV商品群の時と比べて、直近では、試作車の台数が約3分の2になりました。
開発費も時間もかなり効率化できています。
試作車台数の世代間比較
(車両/パワートレイン領域の合算)
通常、排気量が変わると出力特性も変わってしまいます。
そこで出力特性を揃えるために、排気量毎に実際のエンジンを使った制御(点火/燃料噴射タイミング等)の微調整が必要になるのですが、この微調整はエンジン開発で最も時間のかかる作業でした。
もし、実際のエンジンを使わずに、「排気量の異なるエンジンの出力特性の揃え方」が分かれば、多くの時間を短縮することができます。
それを実現するのがMBDで、MBDを使った机上検討により、効率的に「出力特性の揃え方」を見つけ出し、実機での試行錯誤に要していた時間を大幅に削減できたのです。
MAZDA3が初めて国内に導入された際、1.5Lと2.0Lの2種類のガソリンエンジンがありました。MBDがなければそれぞれのエンジンについて、実機での制御調整が必要で、倍以上の時間を要したはずです。
また、出力特性を揃えたことで、後工程の開発も効率化されました。私は当時、車両開発部門にいて、シャシー(車の足回り)制御担当としてこのMBDの恩恵を肌で感じたのです。
エンジンの出力特性を共通化して開発していたために、排気量が異なるエンジンでもシャシーの制御を調整する作業が1回で済んだのです。
エンジンの出力特性がシャシーにどう影響するのか、ちょっと不思議に思われるかもしれませんが、これが「特性」を共通化する※メリットであり、特性をモデル化することで、周辺部品への影響も共通化しやすくなります。
※マツダのコモンアーキテクチャー構想は、モノを共通化するのではなく、特性を共通化するという考え方。MBDと切っても切れない関係にある。
「MBDを使って特性を揃えた開発をすると、周辺領域の開発もこんなに効率化されるのか」と衝撃を受けましたし、効率化によって浮いた時間で、商品により付加価値を与える業務に注力できると思いました。
現在MBDは主に、複雑化するクルマづくりに要す爆発的な工数拡大を効率化することに貢献していますが、これをさらに進めて、MBDに全社で取り組んで行けば「他に負けないモノづくりができる」と本気で思いましたし、将来的には「”マツダの味”もモデル化していける」と感じました。
そんな実体験をした後、シャシー担当から異動になりまして、今度は私自身がMBDの伝道師となって、開発部門全体にその活用を広げていく立場になりました。
今でこそマツダの開発部門では「MBD」が共通言語となっていますが、2015年当時は社内認知も進んでおらず、MBDへの理解まで到達できていませんでした。
そこでまず月2回、各開発部門の持ち回りで事例紹介の場をつくりました。初めこそ紹介事例も手探りな内容でしたが、回を重ねる毎にフォーカスが合ってきて、100回目が近づいてきた今では内容が洗練されてきた感がありますね。
社内外の人材育成に貢献し、2020年日本機械学会 教育賞を受賞
現在は「MBD」がマツダの開発の中で共通言語になり、企画、開発、研究領域までその活用が広がりつつあります。
また、マツダ社内だけでなく、関係するサプライヤーさんや大学とも、モデルを共通言語として仕事をするようになり、進捗のスピードが変わってきました。
今後の課題は、開発全体のプロセスと、各開発領域で活用しているMBDの繋がりを把握できるような全体地図を描いて、全体のプロセスをクリアにすることです。
作りたいもの・やりたいことが明確な会社であればあるほど、MBDは単なる手段を超えて企業の思想や考え方と結びつき、進化させていくものになると思います。ですから、マツダ社内で今MBDが共通言語になりつつあることの意味は非常に大きいのです。
また、MBDはAIと非常に親和性が高いので、MBD活用が進んでいるアドバンテージを活かして、そこにAIを組み合わせた開発にも着手しています※。
– 最後に、足立さんがこれから取り組みたいことについて教えてください。
身近なところでは、モデルをもっと広く活用してもらえようにしていきたいですね。
開発だけでなく事務系の業務もモデルを使って効率化できると思いますし、効率化によって生まれた余剰時間を、もっと付加価値を生む業務に移行していけるはずです。
また、これまではハード領域を中心にモデル化を行ってきましたが、クルマづくりはハードとソフトの両輪が必要です。
企画段階からハードとソフトの両輪で開発していけるプロセスをつくることができれば、私たちの目指す「お客様に喜んでいただける理想のクルマ」を最速でつくることができる会社になれると思います。
「マツダらしい味」もモデル化していけると思うので、マツダのDNAの進化・継承の質を高めていくことにも貢献していきたいです。
社内だけでなく、業界全体でもMBD活用を広げていけたらとの思いで、JAMBE(MBD推進センター)は立ち上げから、海外の団体(prostep ivip)にはボードメンバーとしてしています。
世界中のさまざまな業界でMBDが少しずつ注目され始めていますので、広く仲間を増やしていきたいですね。
prostep ivip公式動画より(英語)
■MBD関連リンク
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JAMBE公式サイト: https://www.jambe.jp/
JAMBE紹介動画: https://www.youtube.com/watch?v=ALAMaCOOdyI&t=9s