共創の力が生んだ、ロードスターの新しい価値。~ロードスターの達人(1)エクステリアデザイナー 南澤正典
ロードスターの開発に深く携わったエンジニアやデザイナーをご紹介する、「ロードスターの達人」シリーズ。ロードスターRFの第一回目は、エクステリアデザインチームを率いた南澤正典(みなみさわ まさのり)です。
多くの課題をクリアしながら、ロードスターのあるべき姿を見据えて造り上げていったエピソードを、本人のインタビューとともにご紹介します。
美しきもの、機能的なるもの。
共に豊かに満たす至高の存在を求めて。
ロードスターのエクステリアデザインを担当した南澤正典は、マツダではちょっと知られたバンドマンです。そんな彼は、ストラトキャスターというタイプのギターを愛用しています。南澤はそのギターに、音楽と一体になる媒介としての真理を見つけたのだと言います。
「手にしたときに自然に身体に沿うシェイプ、思い描いた通りの演奏を適えてくれる操作系の配置、表現力豊かな音色、そして一目でそれだと分かる個性的で飽きのこないデザイン。楽器は音楽を奏でてこそ、その価値を発揮するものだと思うんです。置物ではないので、眺めていて美しいというだけではダメです。
私は、自動車のデザインにもまったく同じことが当てはまると考えています。“人馬一体”を実現するデザインとは何か。常にそのことを念頭に置きながら、ロードスターをデザインしてきたんです」
デザインの神様が魅せる魔法の驚きをロードスターRFから世界へ、という志。
『デザインにはマジックが潜む』……。
中山チーフデザイナーの下、ロードスターのエクステリアデザインチームを率いる南澤をこの道に惹き寄せたのは、高校を卒業する頃に出会ったこの一言でした。
「雑誌の中に見つけた言葉です。平面をより美しい平面に見せるためには、わずかに膨らみをもたせることが肝心…というようなことが書かれた記事でした。もともと絵を描くのが好きだったこともあって、自分はこの道へ進もうと決めました。創造する気持ちを刺激するロマンを感じたんです。
ロータリーエンジンが大好きだった兄の影響もあって、マツダこそ本物のスポーツカーを作っているメーカーだと思い、マツダに入りました。以来、いろいろな勉強をさせてもらいながら、ベリーサや3代目ロードスターのエクステリアデザインに係わることができました。新しいロードスターの開発が決まって、エクステリアデザインのリーダーを打診されたときは、本当にうれしかったです。開発の初期からどっぷりと係わる最初のスポーツカーでしたから」
(写真:南澤が手がけた3代目ロードスターのデザインスケッチ)
シートに座り、周りを見渡すだけで一体感を覚えるシェイプ。走り出せば、フロントフェンダーの峰を伝って流れる光の中を突き進むような爽快さや、操りやすい手の内感を演出する工夫されたディテール。そして、飽きのこない普遍の美しさ。南澤は、指先で愛器の弦をそっと弾いたときに響く繊細な感動をロードスターのフォルムにまとめあげました。もう十分にデザインのマジックを披露したと言ってもいい、機能と美しさを兼ね備えるデザインでした。けれども、南澤にはもう1ステージ残っていました。ロードスターRFを描くそのステージは、感覚だけで美しさを追求することのない南澤の真価を披露する舞台になったのです。
デザインと機能の頂点を極めたロードスターの限られた格納スペースに、硬質なリトラクタブルハードトップをすべて格納することは、越え難い物理的な制約でした。美しさと共にあるハードトップの分割方法が、何通りも検討されました。
複雑な構造を持ついくつものアイデアは、ルーフが動く3D映像としてコンピュータ上で再現され、検討されました。まるで実在するクルマのようなリアルな映像を皆で囲んで、議論する日々が続きました。デジタルモデリングの第一人者として、中山チーフデザイナーの絶大な信頼を得る伊藤政則(いとう まさのり)が、この作業にあたりました。
中山チーフデザイナーの言葉です。
「初代ロードスターのオーナーでもある彼は、ロードスターが発散する喜怒哀楽の感情を知り尽くしている人物です。とても物静かで、決して自分から自分の仕事について熱く語るようなことはありませんが、彼の仕事は極めて重要な意味を持っていました。我々の頭の中にあるイメージを単に画面上に再現するだけでなく、デジタルモデラーとしてのスキルを存分に発揮して、これぞロードスターだという表現と共に、ルーフの動きを検証できる何台もの動くデジタルモデルをコンピュータの中に創ってくれたんです」
ロードスターの心を振り返ることで生まれた“逆転の発想”というデザインのマジック
けれども、相変わらず物理的な制約の壁は厚く、南澤は理想のロードスターRFの姿を見つけられないまま、時が過ぎてゆきました。美と機能の融合を極めるデザインの難しさを、ひしひしと感じる時間でした。
「そんな日々を過ごす中で、私は開発の原点に立ち返って発想してみたんです。我々が創ろうとしているロードスターRFは、ハードトップを完全に格納する悦びを感じることを目的とするクルマだろうか。そうではない。風と空と一体感の中で“だれもが笑顔になる”という幸せを、一人でも多くの人に届けるための志を立てたのではなかったのか。そのために創造すべきは何か。それがヒントで、それがすべてでした。その先に答えは見つかったのです」
2013年6月、ロードスターRFの進むべき方向を検証する会議が持たれました。リトラクタブルハードトップの機構を、エンジニアリング面から徹底的に検討した結果も報告されましたが、ソフトトップボディのまますべてのルーフを格納することは物理的に困難であるというものでした。
その時でした。南澤は、その場で描き上げた1枚のスケッチを皆の前に示しました。そこには、リアフェンダーから滑らかに連なったリアルーフが印象的な、美しいファストバックスタイルのロードスターがありました。その場にいた全員の心を1つに貫く姿でした。
「ロードスターそのものでありながら、リトラクタブルハードトップを備える、そしてファストバックスタイルという、これまでにない美しさという新たな価値を頂く。徹底的に考え抜いたからこそ到達した、逆転の発想が私に描かせた1枚でした」
志の深層に及ぶ検討を積み上げてきた開発陣の心が、誰疑う余地なく“この1枚に答えあり”と、まとまった瞬間でした。
「理想のロードスターRFを皆で創ろうや!」
共創の力が生んだ、ロードスターの新しい価値。
その後の開発は、皆で掲げた1つの解を実現するための葛藤の連続でした。南澤は、設計を担当するエンジニアと数え切れないほど何度もお互いの情報を伝えあいながら、ゆっくりと、でも確実にゴールに向かって駒を進めました。伊藤のデスクにあるコンピュータの中では、デザインとエンジニアリングの融合を検証するロードスターRFの美しい姿が、ルーフを滑らかに開閉しながら成長してゆきました。そしてその場には、生産のエンジニアの姿があることも珍しくありませんでした。
「設計と生産のエンジニアとは、何度もやり取りを重ねました。彼らは、本当に力を注いでくれました。力というより、心を注いでくれたと言っていいと思います。
開閉メカニズムの構造を突きつめ、あるいは高い生産性を保ちながら、彼らは、バックルーフとリアフェンダーの間に少しずつデザインのための空間を創り出してくれました。わずか数ミリのその幅の中に、ロードスターらしい美しさを表現するラインを1本ずつ見つけ出す作業が、私に託されたデザイナーとしての使命だったんです」
南澤は、その時点で考えられる最高の1本を描くと再びエンジニアと膝をつき合わせて、さらに理想を求めたい、まだ到達しきれていないという想いを幾度となく確認しあったのです。
「自分だけがやっていることではないと思うと、命がけの1本を描く毎日でした」
2016年3月、ニューヨーク国際オートショーでロードスターRFは世界初公開されました。そして、ファストバックスタイルの流麗な姿のリアルーフが突然浮き上がり、リトラクタブルハードトップが開き始めた瞬間、会場はどよめきと、一層強いフラッシュの閃光に包まれました。それは、美しくリアフェンダーに連なったリアルーフが浮き上がることなど、誰も想像できなかったに違いないと思える光景でした。
南澤はその様子を日本で目撃しました。
「うまくいった様子にホッとすると同時に、思わず涙腺が緩みました。普遍の美しさと高い機能を融合するということは、デザイナーだけでは絶対に到達できない高みなんです。それを皆で成し遂げることこそ、自動車のデザイナーという仕事の悦びなんです」
美と機能の至高の融合を目指し、南澤が描いたロードスターRFが奏でる音楽はどんな音色なのでしょう。美しさと共に風の中を行くロードスターRFの奏者は、皆さんです。どうぞ、思い存分かき鳴らしてください!
最後に、ロードスターRFのルーフ開閉シーンの動画をご紹介いたします。
マツダのオフィシャルサイトや公式ブログでは、ロードスターの開発に携わったエンジニアやデザイナーの想いや秘話を掲載しています。
ぜひご覧ください。
▲ロードスターの達人(ソフトトップ)
http://www2.mazda.com/ja/stories/history/roadster/roadster_25th/interview/yamamoto.html (マツダオフィシャルサイト)
▲【ロードスター RF 開発秘話】ロードスターでみなさまに笑顔を届けたい。純粋な夢を追い求めて。
https://blog.mazda.com/archive/20160727_01.html (マツダ公式ブログ)